価値観が違うのではなく、そもそも見ている世界が違うという話

ポルノグラフィティ税理士の宮澤佳奈(みやざわ かな)です☆

「価値観が違う」という言葉に対する違和感

Wikipedia先生によると、

価値観とは、何に価値があると認めるかに関する考え方。
価値(善・悪、好ましいこと・好ましくないこと、といった価値)を判断するときの根底となる ものの見方。
ものごとを評価・判断するときに基準とする、何にどういう価値がある(何には価値がない)、という判断。

何に価値があると認めるか、そうですね。。
実は「価値観が違う」という言葉に違和感があります。
わたしには難しい日本語なのかもしれません。

そもそも見ている世界が違うと考えるとしっくりくる

「価値観が違う」をやさしく噛み砕くと「そもそも見ている世界が違う」になります。

わたしが容易くできることが、誰かにとってはとても難しいことだということもあります。
逆もまた然り。
あるいは、誰かにとっての現在進行系の出来事が、わたしにとっては過去の出来事であるということも。

みんなが同じ世界に存在しているように見えているだけで、みんなそれぞれが見たいと望む世界を見ているのです。

価値観を認め合うのではなくて、ただ存在することを認め合えばいい

「多様な価値観を認めない」ということを認めない…という発言を見ることがあります。
わたしはそれを見ても、その発言を評価する気も否定する気もありません。

ある物事の当事者となった場合には、必死に立場を守ろうとすることもあります。
けれど、先方には先方の見ている世界が、わたしにはわたしの見ている世界があるのです。
そういった中で、やむを得ず争いごとに発展してしまうことは悲しいことですが、わたしはそれさえも否定する気はありません。

わたしが見ている世界とは違う世界を見ている人がいる、と、ただその存在を認め合えたらそれだけでいいのではないでしょうか。

まとめ

価値観が多様化してきたのではなくて、もともと多様であった価値観がネットの普及によって、多くの方の目に触れることが増えたのではないでしょうか。
それを「よい」「悪い」と評価することに意味を感じません。

みんなそれぞれの色メガネをかけて、それぞれが望む世界を見ているだけなのですから。

【きょうの1曲】

ヒトリノ夜 / ポルノグラフィティ

※ 寒い日に聴きたくなる曲。

【宮澤佳奈のひとりごと】

前職のお客さまが法人成りをされるという話を、ボスから伺いました。
直接お手伝いさせていただいたわけではありませんが、勝手ながらとてもうれしく思います。

事業が順調に進んでいくことの貴重さは、自らが経営者となってようやく理解できることだと知ったので。